エスノグラフィーとは調査対象の行動を直接現場で観察する調査手法です。
ビジネスの成功確率を高める良質な情報を得られる点がメリットで、潜在的なユーザーニーズや課題の発見に役立ちます。
調査の流れ・メリット・デメリット・成功事例を確認しながら、マーケティング戦略に活用できそうなポイントを確認してみましょう。
目次
エスノグラフィーの概要をチェック
エスノグラフィーとはマーケティングを目的に行われる定性調査です。
調査員がある期間、調査対象となるターゲットと一緒に生活しながら同じ目線で商材の活用シーンを観察します。
エスノグラフィーは元々、文化人類学や民俗学のフィールドワークでよく用いられる調査手法でした。
調査対象となる民族・集団と暮らしを共にすることで生活の中に引き継がれてきた風習・歴史・伝統を見い出すことができます。
エスノグラフィーの語源はギリシア語で民族を意味する「Ethnos」と記述・記録という意味がある「Graphein」です。
特に独自性のある伝統的な文化や精神を同じくベースとする民族・集団というニュアンスがあります。
エスノグラフィーは近年、調査手法としての有効性が注目され始め他分野で用いられることも多くなりました。
特にマーケティング分野をはじめとするビジネスシーンでの応用が目立っているようです。
その背景にはターゲットの日常を通じて商材や顧客に関するより深い情報を引き出せるというエスノグラフィーの特徴があります。
顧客が商材を購入・利用する時、その行動が潜在的・無意識・直感的に行われることも少なくありません。
「なぜそれを購入・利用したのか?」という問いに対して明確な答えを返せないことも往々にしてあるのです。
そこでエスノグラフィーマーケティングが有効になります。
<エスノグラフィーの手法を取り入れた調査によってわかること>
- 潜在ニーズ
- 潜在ニーズが生まれる理由・根拠
- ターゲットの価値観
- ターゲットの生活スタイル
- 商材の購入・利用シーン
- 商材を購入・利用する上で存在する課題・障害
- 商材の活用方法、それに伴う消費者の行動 など
調査を通じてターゲットの日常的な行動・発言から考え方や哲学に迫れれば潜在的なニーズや課題の発見につながるかもしれません。
マーケティング戦略の事例はこちら
他の調査方法との関連性
マーケティングリサーチの手法はエスノグラフィーだけではありません。
他にもアンケート調査・グループインタビュー・デプスインタビューといった調査・分析手法がよく用いられています。
アンケート調査
アンケート調査は調査チームが用意した質問に答えていくリサーチ手法です。
選択肢をコントロールできるため、ある程度確実性の高い仮説を確認・検証する際に有効な手法です。
また、Yes/No形式であれば回答する側の負担も少なく調査対象を広く設定できます。
対してエスノグラフィーは想定外のニーズ・課題の発掘に期待できる点がメリットです。
グループインタビュー
グループインタビューとは商材を一定期間利用してみたモニター数名にインタビューする形式の調査方法です。
リラックスした雰囲気の中、調査テーマについて自由に発言できます。
ユーザーから対面で意見を聞けるので、テーマについて多角的に掘り下げることができます。
また、グループインタビューは雑談形式でインタビューできる点も特徴です。
参加者のちょっとした発言から話題が思わぬ方向に進み、想定外の情報を収集できることも珍しくありません。
ただし、会話形式なのでインタビュアーが観察するのは難易度が高くなります。
インタビュー中の撮影やインタビューの様子を観察する別スタッフの用意といった準備を想定しておきましょう。
デプスインタビュー
デプスインタビューとは調査員と調査ターゲットが1対1で行うインタビュー形式のリサーチ手法です。
よい意味で密室性が高いためターゲットが公の場では言いづらいプライベートな情報も収集しやすい雰囲気を作れます。
顧客の深いニーズに迫る定性調査ができる点がメリットです。
ただし、グループインタビューと同様にエスノグラフィーの特徴でもある観察するというフェーズがありません。
対してエスノグラフィーは顧客の中にある潜在的なニーズや課題をあぶり出すことができます。
エスノグラフィー実施の流れ
エスノグラフィーを実施する場合、大きく分けて5つの段階を踏まえます。
- 調査の設計
- 調査対象の募集&選定
- 実施
- 調査結果の共有
- 集計&レポート作成
それぞれの段階でどのようなことを行うのか詳しく確認してみましょう。
調査の設計
エスノグラフィーはまず調査プランの構築から始まります。
- どのような調査を行うのか?
- 調査対象となるターゲットの分類
- 生活のどのような場面に寄り添うか
- 入手した情報をどのように分析・活用するか など
また「このような結果が出るのではないか」という大まかな仮説を立てておくのもこの段階です。
仮説の立て方は5W1Hに基づいた考え方が有効となります。
- Who:ユーザーはだれか?
- Why:商材はどのような目的で購入・利用されるのか?
- When:商材はどのようなタイミングで購入・利用されるのか?
- Where:商材はどのようなシーンで購入・利用されるのか?
- What:ユーザーは何を購入・利用するのか、調査員はユーザーの何を検証・調査するのか?
- How:商材はどのように購入・利用されるのか?
5W1Hに1つずつ当てはめながら全体的なプランの設計・構築をしてみましょう。
調査対象の募集&選定
2つ目の段階としてターゲットの選択・募集を行います。
エスノグラフィーは一般的なユーザーだけでなく、熱狂的なファンやアンチなどのエクストリームユーザーも対象です。
自社や商材に対して極端な好意もしくは嫌悪を持っている人は一般的なユーザーからは得られない有益な情報を持っています。
- なぜそんなに好感を持ってくれたのか?
- なぜ大量に購入・利用してくれるのか?
- なぜ商材を提供する側も予想していなかった活用法を始めたのか?
- そこまで嫌いになってしまった理由とは何か?
- 嫌悪感はどのくらいの期間続いているのか?
これらの問いに対する答えはマーケティング上、どの企業も例外なく欲しい情報ではないでしょうか。
エスノグラフィーを実施する際はターゲット候補の幅を思い切って広く設定し検討してみましょう。
実施
調査プランと調査対象となるターゲットが明確になったら実際に調査開始です。
ターゲットのプライベートな行動を調査員が観察し、必要があれば写真・動画撮影・インタビューも行います。
動画撮影を行う場合は撮影手法も工夫してみましょう。
例えば定点カメラで撮影する場合、商材の活用シーンを時間軸で捉えることができます。
また、ユーザーにウェアラブルカメラを装着してもらう手法も有効です。
商材を利用している様子を手元の細かい部分まで確認できます。
調査結果の共有
調査が終了したら調査によって得た情報の分析を行うフェーズに移行します。
まずは、ターゲットの観察によって得られた情報をアナリスト含む分析チーム間で共有しましょう。
ディスカッション・適切なフレームワークを用いて仮説と調査結果の照らし合わせ・検証を行います。
集計&レポート作成
調査結果について結論が出たら、全社共有できる形でレポートとして取りまとめて終了です。
レポートは下記のような活用方法が考えられます。
- 企画部門が新商材開発を行う上でヒントとして活用
- 新商材のコンセプトを策定
- 既存商材のブラッシュアップに必要なヒントを得る
- ペルソナを明確化・具体化する際の要素として活用 など
調査結果の第1目的はもちろんマーケティング戦略への活用です。
しかし、レポート次第では部署・部門・チームにかかわらず活用できる情報資産となり得ます。
支援実績やコンサルティングの詳細は、実績・事例紹介のページをご覧ください。
エスノグラフィー実施のメリット
エスノグラフィーの手法を用いるメリットは調査によって得られた情報の質が高い点です。
特に情報のリアルさと収集の難しさという点が大きなメリットとして挙げられます。
リアルな情報を取得できる
エスノグラフィーはマーケティングを行う上で有益な情報を肌感覚で収集できるのがメリットです。
エスノグラフィーによって得られる情報は現場に行かないと入手できないリアルさがあります。
視覚だけでなく、音や匂いなど五感を使って鮮度の高い情報を収集できる点はエスノグラフィーならではのメリットです。
ユーザーの潜在ニーズを発見できる
潜在ニーズを顕在化できる点もエスノグラフィーのメリットとして見逃せません。
グループインタビューやアンケート調査といった手法は実はターゲットに無意識のバイアスがかかっています。
例えば「もっとこうだったらいいのに」と感じていても極端な意見は言いづらいと感じるターゲットが多いです。
そのため、本音をオブラートに包んだ建前の回答をすることがあるのです。
このバイアスは特に1対1で当事者と対面するデプスインタビューで起こりやすくなります。
エスノグラフィーはこうした建前の中から本音を拾い上げるのに適した手法です。
商材を提供する側が予想していなかった課題・ニーズの発見につながることも少なくありません。
仮定と大きく違う結果になったとしても実際に商材を利用する様子・行動を根拠にした制度の高い情報を得ることができます。
エスノグラフィー実施のデメリット
エスノグラフィーは素晴らしいマーケティングリサーチ手法ですが、デメリットもあります。
特にひと・時間・お金といったリソースを要する点に注目しておきましょう。
手間とコストがかかる
エスノグラフィーは調査のスタートアップからレポート作成・発表まで2週間~1か月程度の期間を要します。
その間、ターゲットと一定期間生活を共にする調査員が必要です。
あわせて調査員をプライベートな空間に招き入れることを了承してくれるユーザーを探す必要もあります。
さらに調査前に要する調査チームの工数や必要機材の確保、調査終了後の分析・検証にかかる人員と工数も検討すべきです。
スタートアップの段階から「ひと」「時間」「お金」というリソースを要する調査ということは念頭においておきましょう。
知識や経験のある調査員が必要
エスノグラフィーの手法を取り入れた調査ではユーザーの生活に密着する調査員が要です。
調査員には状況に応じて録画・録音したりアンケート・インタビューを取り入れたりする臨機応変さが求められます。
エスノグラフィーが成功するかどうかはユーザーの生活に密着する調査員の技量に左右される要素が大いに考えられるのです。
必要な情報を的確に判断し追加情報を貪欲に収集できるスキルを持った調査員を確保する難しさはデメリットの1つといえます。
マーケティング戦略の事例はこちら
エスノグラフィー実施の注意点
熱狂的なファン・温度感の高いアンチユーザーが調査対象の場合、スクリーニングとリクルーティングが鍵となります。
スクリーニングとはふるい分けることで、選別・適性検査といった意味合いです。
選ぶ基準は優劣ではなく条件に合っているかどうかがポイントとなります。
リクルーティングはスクリーニングで明確にした調査ターゲットをリクルートすることです。
ターゲットの募集活動と捉えるとわかりやすいかもしれません。
場合によっては幅広いモニターを有している調査会社の利用も選択肢に入れる必要があります。
また、ターゲットによっては調査を複数回行う場合も珍しくありません。
例えば、熱狂的なファンを対象にした調査は商材の魅力や新しい活用法を発見しファンの醸成に役立ちます。
しかしアンチが利用しない理由など、ネガティブかつマーケティング上重要な情報は得にくいです。
そのため、手間とコストのかかる調査に時間をかけて取り組まなければならないシーンも出てきます。
さらに分析結果をレポートとしてまとめるフェーズも配慮を要するポイントです。
エスノグラフィーの本質は定性調査という点にあります。定量調査と違い理論に基づいた分析結果が求められる手法です。
レポートで分析結果を誰にでもわかりやすくまとめる技量も前提条件の1つと考えられます。
カスタマージャーニーマップに活用
確実に利益を得るためには顧客がなぜ購入したのか、なぜ利用しなかったのかを把握する必要があります。
これが不明な段階でのマーケティングは根拠なきマーケティングです。
そこで、エスノグラフィーによって顧客が購入・利用に至るまでにたどった道筋とその道を選んだ理由を具体的に把握しましょう。
実際のカスタマージャーニーを観察することで顧客が購入・利用に至った状況・理由をより高いレベルで理解できます。
また、実際の経路をカスタマージャーニーマップとして可視化すれば強化すべきチャネルを明確にできるチャンスです。
支援実績やコンサルティングの詳細は、実績・事例紹介のページをご覧ください。
エスノグラフィーの活用事例
エスノグラフィーは顧客の生活に密着する調査手法のため、日常生活に関係する商材やそのマーケティング手法に強いです。
実際、生活用品大手であるLIONと花王のいずれもエスノグラフィーの手法を取り入れ成功事例となっています。
LION「トップ HYGIA」のヒットにつながった事例
LIONはまず調査対象の洗濯シーンに密着し対象の自宅でエスノグラフィーを開始しました。
- 目的:新しい洗剤開発
- 調査対象:一般家庭の主婦
<調査結果>
調査対象はパジャマ・タオルといった家の中で使うものと外出用の衣服を分類して洗濯していました。
家の中はある程度衛生レベルを把握・コントロールできるという考え方が理由です。
家の外に持ち出したものは何と接触したかわからないため抗菌を意識して洗う必要がある、という潜在的な課題の発見につながりました。
LIONは調査結果を基に新商材「トップ HYGIA」を発売します。
外出着を洗う際の「抗菌力」を強みとし、菌・ウイルス対策に頭を悩ませていた層を中心にヒットしました。
花王がマーケティング戦略を大きく見直した事例
幅広い生活用品を提供する花王もエイジングケアに関するエスノグラフィーをマーケティング調査に取り入れています。
- 調査期間:およそ半年
- 目的:顧客の行動理念や考え方を深く理解・分析すること
- 調査対象:熱狂的なファンの中から選抜
特に白髪染めを諦めた40代の女性・糖尿病の男性・老け役に定評がある20代の俳優といった課題を抱えている人が選ばれました。
<調査結果>
調査をスタートアップした段階での仮説と調査結果で大きな違いが複数生まれました。
例えば、花王の調査チームは顧客が年齢を意識するタイミングを年齢を重ねた時と考えていました。
しかし、実際には結婚や持病の発見などライフステージが変化した時という調査結果が出たのです。
この結果はユーザーへのアプローチ戦略を大きく見直すきっかけの1つとなりました。
マーケティングに応用する時に悩んだ時の対処法
エスノグラフィーはマーケティングに役立つ情報を得るために有効な方法です。
時にマーケティング戦略を左右するほどの情報を収集できる可能性があります。
そのため「ぜひ、マーケティングに取り入れたい」とお考えの企業も少なくありません。
しかし、下記のハードルが原因でエスノグラフィーマーケティングが中々うまくいかないというケースもあります。
- 調査プランの策定方法がわからない
- ターゲットをうまく絞り込むノウハウがない
- 十分なスキルを持った調査員をはじめ調査に必要なリソースを用意できない など
もし、上記のようなお悩みをお持ちでしたらデジマクラスへご相談ください。
デジマクラスはWebマーケティング・デジタルマーケティングを専門領域とするマーケティングのプロフェッショナル集団です。
エスノグラフィーの手法を用いた調査計画立案・運用・戦略への反映方法など難しいポイントをスムーズに進めるお手伝いができます。
まずは相談だけでもお気軽にお声がけください。
マーケティング戦略の事例はこちら
まとめ
エスノグラフィーによって得られる情報はマーケティング戦略のブラッシュアップやヒット商品の開発に役立ちます。
特に現地調査だからこそ得られる新しい視点や潜在的なニーズといった良質な情報を発掘するのに適した調査手法です。